ASCO2022年次総会で、アストラゼネカと第一三共の抗体薬物複合体エンハーツ(トラスツズマブ・デルクステカン)が、HER2陽性低発現の転移性乳がんに対して、化学療法と比して病勢進行のリスクを49%低減したことが示された第3相試験DESTINY-Breast04試験のデータが発表されました。本試験において、エンハーツ投与群の無増悪生存期間(PFS)は10.1カ月であり、化学療法群では5.4カ月でした。今年中にも追加での承認と、今後、数千億ドルの売上に盛況する可能性があります。
エンハーツ、売上数千億ドルの可能性。ASCO2022で画期的データ発表
HER2陽性の乳がんについて:乳がんは、2020年において200万人以上の新規患者が報告されており、全世界で約69万人が亡くなっています。米国では、乳がんは最も多く診断されるがんで、2022年には29万人以上の新規患者が予想されています。HER2は、乳がん、胃がん、肺がんや大腸がんを含む多くのがん細胞表面に発現するタンパク質であり、乳がんの5人に1人がHER2陽性と言われています。HER2の過剰発現は、乳がんにおいて進行性疾患や予後不良と関連しています。抗HER2療法の登場によりHER2陽性乳がん患者の生存率は改善していますが、既存薬による治療後に病勢進行したHER2陽性乳がんにおいては治療の選択肢が限られており、依然として高いアンメット・メディカル・ニーズがあります。 出典:第一三共プレスリリース ENHERTU®(トラスツズマブ デルクステカン)の米国におけるHER2陽性乳がんに係る二次治療を対象とした一部変更承認取得のお知らせ
第4のカテゴリー、HER2低発現乳がんの開拓と定義
乳がん患者は現在、大きく3つのカテゴリーに分類されています。「HER2陽性」「HR陽性/HER2陰性」「トリプルネガティブ」の3種類です。第一三共とアストラゼネカは、このエンハーツで、「HER2低発現」という新しいグループの開拓を目指しています。両社は2月に、本試験がHR陽性HER2低発現転移性乳がん患者における主要評価項目であるPFSを達成したことを発表しています。また、この試験では、HRの状態にかかわらずHER2低発現の転移性乳がん患者におけるPFS、HR陽性患者におけるOS、およびHRの状態にかかわらず患者におけるOSという主要な副次的目標も達成しました。
NEJM誌に掲載されたさらなる結果では、HR陽性HER2低発現の転移性乳がん患者において、エンハーツが化学療法に比べて死亡リスクを36%低減し、全生存期間(OS)が化学療法が17.5カ月に対し、エンハーツは23.9カ月となったことを示しています。
ASCO2022において、エンハーツは、試験集団全体において、HRの状態にかかわらず、化学療法に比べ病勢進行のリスクを50%低減し、死亡の確率を36%低減することが示されました。HR陽性のコホートでは、エンハーツが投与されたIHC1+の患者のPFS中央値は10.3カ月、IHC2+/ISH陰性の患者のPFS中央値は10.1カ月でした。一方、HR陰性のコホートでは、エンハーツは化学療法と比較して病勢進行のリスクを54%減少させ、死亡の確率は52%減少させています。本試験では、1~2種類の化学療法による前治療歴のあるHER2低発現の切除不能・転移性乳がん患者557人が登録されています。HR陽性494例、陰性58例を対象に、エンハーツまたは標準化学療法のいずれかを無作為に投与しています。
乳がん患者の55%がHER2低発現の定義に該当
乳がん患者の55%までが、そのHER2低発現の定義に該当します。これらの患者は現在、HER2標的薬の投与を受ける資格がなく、第3相Destiny Breast-04試験でエンハーツが示した可能性は、これらの患者に希望を与えるものとなります。両社は、2022年の薬事申請を目指しており、BTDに加えRTOR(Real-Time Oncology Review)も取得しています。ただし、557名の患者を対象としたDestiny-Breast04試験において、HR陰性の患者は11.3%に過ぎなかったため、1つの不確定要素があります。そのため、FDAはHR陰性患者のサブグループについてはデータが不十分である判断し、HR陽性患者のみに承認を限定する可能性があります。
エンハーツ:マルチ・ブロックバスターの可能性
第一三共のオンコロジー開発グローバル責任者であるGilles Gallant氏は、「これは画期的であるばかりでなく、臨床のあり方を変えるものです」と述べています。一方、アストラゼネカ社のオンコロジー部門担当副社長であるDavid Fredrickson氏は、規制当局との協議の結果、数ヶ月以内にエンハーツがHER2低発現乳がん患者に使用可能になる可能性を示唆した。日本以外での同剤の売上は昨年4億2600万ドルに達し、Fredrickson氏は「マルチ・ブロックバスター(数十億ドル)」医薬品になると予測している。
研究代表者のShanu Modi氏は、「多くの患者さんを含め、多くの人がHER2低発現乳がんという言葉を聞いたことがないでしょう。私達はついにHER2低発現乳がんを対象とする治療薬の開発に至りました。エンハーツは、実際に、そしてはじめてHER2低発現乳がんの定義づけに役立っています。そして、HER2低発現乳がんが、初めてターゲットにできる集団になります。」と、述べています。
アストラゼネカのオンコロジー部門のエグゼクティブバイスプレジデントであるDavid Fredrickson氏は、中間解析でOSベネフィットが明らかになったことは驚くべきことであると指摘した。「このことは、私たちがここで見ているベネフィットが絶対に本物であるという確信を与えてくれます」と、述べています。
もし、エンハーツがHER2低発現を対象として承認された場合、「HER2低発現乳がん」という新しいコンセプトのもとで多くの患者を対象とした最初の標的治療薬となります。また、同カテゴリーにおける開発品の競合に関しては、主要なプレーヤーは存在しません。現時点では、RemeGen、Shanghai Miracogen、Jiangsu HengRui Medicineなど、中国に拠点を置く製薬会社が主要なプレーヤーとして開発をしています。
安全性に関するデータ。エンハーツ投与グループで3名の死亡
エンハーツの安全性に関しては、肺に傷をつける間質性肺疾患(ILD)という危険な副作用の可能性が指摘されています。独立審査委員会によると、Destiny-Breast04試験において、グレード3以上の治療上緊急の有害事象(AE)が、エンハーツ投与群では52.6%、化学療法群では67.4%に認められ、45名のHER2低発現乳がん患者(12.1%)が間質性肺疾患を経験し、大半はグレード1または2でしたが、グレード3の症例が5例あり、そのうち3名(0.8%)が死亡しました。一方、化学療法群では、低悪性度1例のみ、肺に問題が発生しました。
40カ国以上ですでに承認されているエンハーツ
エンハーツはすでに、40カ国以上で、2種類以上の抗HER2療法に基づく前治療を受けた切除不能または転移性HER2陽性乳がんの成人対象で承認されていますが、2022年5月05日、アストラゼネカと第一三共は、転移性乳がん、またはネオアジュバントもしくはアジュバントで抗HER2抗体ベースのレジメンを以前に投与され、治療中または治療終了後6カ月以内に疾患再発を起こした切除不能または転移性HER2陽性乳がん成人患者の治療薬として、FDAから米国においてエンハーツの一部変更承認を取得しています。この承認は、第3相DESTINY-03試験の良好な結果に基づいており、、HER2陽性乳がんの二次治療における新たな選択肢となります。
また、胃がんまたは胃食道接合部腺がんにおいても、前治療歴を有する局所進行性または転移性のHER2陽性の患者を対象でエンハーツは承認されています。
参照記事
米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表したトラスツズマブ デルクステカン(DS-8201/T-DXd)のHER2低発現の乳がん患者を対象とした第3相臨床試験の最新データについて 2022年06月06日
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