バイオジェン社が、SOD1遺伝子変異が確認された筋萎縮性側索硬化症(ALS)の成人を対象とした第3相VALOR試験(NCT02623699)において、同社のアンチセンス薬であるトフェルセンが主要評価項目を達成できなかったものの複数の副次評価項目および探索的評価項目において、「有利な傾向」を示したことを発表しました。これは、17日に開催された米国神経学会(ANA)の年次総会で発表されたトップラインの結果で、主要評価項目であるALSFRS-Rスコアで統計学的に有意差は示されなかたものの、副次的および探索的評価項目である運動機能、呼吸機能、およびQOLで有利な傾向を示したものです。
全身の筋肉が萎縮する難病であるALSとは?
ALSは、運動神経細胞(運動ニューロン)に障害を与える病気です。運動ニューロンは、筋肉を動かし、運動をつかさどる神経です。ALSが発症すると筋肉を動かす神経の機能低下により体全身の自由が利かなくなってしまいます。手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていきます。ALSは10万人に7~11人が発症すると言われていますが、明確な原因が不明で、治療方法が確立されていません。世界中でこの病気を患っている患者は推定168,000人とされています。日本では、特定疾患医療受給者数によると約9,950人(平成26年度)がこの病気をわずらっています。以前は、発症から死亡までの期間は約2~5年とされていましたが、現在は、長期療養も可能になり、10数年の長期間にわたってゆっくりした経過をたどるケースもあります。
全体の2%がスーパーオキシド・ジスムターゼ(SOD1)遺伝子が原因
原因はまだ十分解明されていませんが、全体の5%が家族内で発症する家族性ALSでは20を超える原因遺伝子の変化が見つかっています。その原因遺伝子の一つがスーパーオキシド・ジスムターゼ(SOD1)で、全体の2%を占めています。
細胞内に発生した活性酸素を分解する酵素のひとつSOD (Superoxide dismutase) は、細胞内に発生した有害な活性酸素であるスーパーオキシドを解毒する反応系を触媒する酵素です。酸素消費量に対するSODの活性の強さと寿命に相関があると言われ、動物の中でも霊長類、とくにヒトはSODの活性の高さが際立っています。ヒト(すべての哺乳動物と大部分の脊椎動物も)では3種のSODがあり、SOD1は細胞質に存在し、銅,亜鉛を配位する酵素です。
このSOD1遺伝子が変異によりALSが発症するが,変異型のSOD1が酵素活性とは無関係の毒性を発揮することが神経細胞死の原因と考えられているものの.その毒性発現機序には多くの説があります。
SOD1-ALSの治療薬候補トフェルセンの第3相VALOR試験
現在、VALOR試験に加え、第3相ATLAS試験も進行中です。同試験ではSOD1遺伝子変異を有して発症前にトフェルセンを投与することで臨床的症状の発現を遅らせることができるかどうかを測定する試験です。疾患活動性を測定するバイオマーカーとしてのエビデンスを評価しています。
バイオジェンはこのSOD1遺伝子が変異により発症するSOD1-ALSを対象として開発を続けています。今回発表された第3相VALOR試験では、28週間108名の被験者が登録され、そのうち60名は本試験の基準である急速な進行を示す患者で、これらの患者が主要評価項目の解析対象者となりました。被験者は、BIIB067として知られるトフェルセンまたはプラセボを投与する群に無作為に割り付けられました。試験を完了した95名の患者は、現在実施中の非盲検の延長試験に参加しています。
トフェルセンについて
トフェルセン(Tofersen、BIIB067 以前はIONIS-SOD1Rx) は、SOD1-ALSの治療薬候補として開発中のアンチセンス医薬品です。トフェルセンはSOD1メッセンジャーリボ核酸(mRNA)に結合し、RNase-Hによる分解を促してSOD1タンパクの合成を減少させます。バイオジェンは開発提携およびライセンス契約によりトフェルセンをIonis Pharmaceuticals, Inc. (アイオニス・ファーマシューティカルズ)社から導入しました。現在、VALOR試験に加え、第3相ATLAS試験も進行中です。同試験ではSOD1遺伝子変異を有して発症前にトフェルセンを投与することで臨床的症状の発現を遅らせることができるかどうかを測定する試験です。疾患活動性を測定するバイオマーカーとしてのエビデンスを評価しています。(バイオジェン ホームページから抜粋)
主要評価項目としてALSFRS-Rスコア
VALORの主要評価項目は、進行が速い患者を対象に、改訂版ALS機能評価尺度(ALSFRS-R)の合計スコアのベースラインから28週目までの変化を評価しました。本試験では、ALSFRS-Rのスコアに統計学的に有意ではない1.2ポイントの差が認められました。また、進行の遅い患者群では、その差は1.4ポイントでした。Guggenheim Partners社のアナリストは最近、少なくとも2ポイントの改善があれば、臨床的に意味があると考えられると述べています。
運動機能、呼吸機能、およびQOLで有利な傾向
一方、バイオジェンは、いくつかの重要な副次評価項目における本剤のパフォーマンスをアピールしました。1つ目は、脳脊髄液中のSOD1タンパク質のレベルを調べたもので、これは標的の関与を示すマーカーです。バイオジェンによれば、トフェルセン投与群とプラセボ投与群の差は、進行が速い人で38%、遅い人で26%であった。
もう一つの重要な評価項目は、神経細胞の変性を遅らせることを示唆する潜在的なマーカーである血漿ニューロフィラメント軽鎖(NfL)の変化を測定したものです。この場合、進行が速い集団と遅い集団で、トフェルセン群とプラセボ群の差はそれぞれ67%と48%であったと発表しています。VALOR試験の治験責任医師でワシントン大学医学部セントルイス校ALSセンター長のティモシー・ミラー氏は、以下のように述べています。
「ALSコミュニティにとって新たな治療選択肢を待ち望む道のりは長く困難なものであり、私たちはこの難治性疾患における重要な研究の進展を歓迎します」
バイオジェン社は、進行が早い集団において、呼吸機能の測定では、プラセボと比較して遅発性肺活量の予測値の差が7.9であり、筋力の測定では、手持ちのダイナモメーターを用いて測定した結果、トフェルセンが有利な傾向を示したとしています。
また、疾患の重症度、QOL(生活の質)、疲労感などの患者報告指標についても同様の傾向が見られたとしています。なお、バイオジェンは、28週間の試験期間中に発生したイベントの数が少なかったため、生存率分析において死亡までの期間の中央値および死亡または永久人工呼吸器装着までの期間を推定することができなかったとしています。
一方、治験患者における副作用の多くは、頭痛や腰痛などの軽度から中等度のものでした。しかし、VALORおよびその非盲検延長試験において、トフェルセンを投与された患者の4.8%に重篤な神経学的事象が報告されました。この中には脊髄炎が2例含まれており、トフェルセンを投与された患者の5.6%が有害事象により試験から脱落しました。
高いアンメットニーズに対し早期アクセスプログラムを拡大
バイオジェンは、高いアンメットニーズに対し、現在も進行中の早期アクセスプログラム(EAP)の資格を、すべてのSOD1-ALS患者へ拡大します。このようなプログラムは、地域の規制によって許可され、将来の承認の可能性がある国のすべてのSOD-ALS患者が対象となります。EAPプログラムにより、患者は治療が商業的に承認されるまで無料でトフェルセンを利用することができます。
バイオジェンの研究開発責任者であるアルフレッド・サンドロック氏は、「研究者や生命倫理学者との議論を経て、また、患者支援団体の声に耳を傾けた結果、すでに確立されている患者への拡大アクセスプログラムを通じて、すべての適格なSOD1-ALS患者にトフェルセンの早期アクセスを拡大することにしています」と述べています。なお、トフェルセンの明確な道筋が確立されない場合や、規制当局が別の対照試験を要求した場合、EAPを変更または中止する可能性があります。
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