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隠れた難題「DXコンプライアンス」|鼎談連載「DXの向こう側」(4)

Deloitte DX 4

AnswersNewsは、「製薬業界で話題のニュースがよくわかる」をコンセプトに、製薬業界に関するさまざまなニュースをわかりやすく解説するニュースメディアです。

新型コロナウイルスの拡大で一気に加速すると言われているデジタルトランスフォーメーション(DX)。テレワークが進み、デジタルチャネルを通じた営業活動が広がるなど、デジタル化が遅れていると言われる製薬業界にも変化が見え始めました。製薬業界では今、DXに対してどのような動きがあり、その先にはどんな世界が待っているのか。デロイト トーマツ コンサルティングのコンサルタントと議論します。


どのルールをどこまで守ればいいのか


前田雄樹(AnswersNews編集長):製薬企業のDXで大きなテーマとなっているヘルスケアデータの利活用。患者との接点を増やし、そこから得られるデータを活用して新たな価値を創出していこうという大きな流れがあることは、患者サポートプログラムを取り上げた前々回、オンライン診療を取り上げた前回でも言及がありました。

ただ、ここで課題となるのが規制の問題です。データを使って何か新しいことをやろうとすると、製薬企業がある意味でよりどころとしてきたGxPを超えて、さまざまな規制に目配せをする必要が出てきます。



伊藤嶺(デロイト トーマツ コンサルティング・マネジャー):読者の皆さんもご存知の通り、ヘルスケア業界では今、急速にDXが進んでいて、そこで利用されるデータも多様化しています。さらに、その利用のしかたも変化していて、これまではSASで解析するだけだったのが、機械学習を使ったり、自然言語処理によって今までだと解析の対象にならなかったような非構造のデータを見てみたりといった具合で幅が広がっています。アウトプットについても、デジタルエンドポイントのような新しいものが出てきていますし、解析の結果がアプリやデバイスになって直接、消費者に提供されていくようなケースもあります。

このように、「データの種類」「解析方法」「アウトプット」の3つの軸の掛け合わせでデータの利用は爆発的に広がっていますが、そこでコンプライアンス上の課題となるのが、さまざまな法律や規制が横串で関わってくる、という点です。


種々の規制を横串で見る必要


前田:具体的にはどのような法律・規制が関わってくるのでしょうか。



伊藤:例えば、ゲノムの配列情報を使おうと思えば、日本では個人情報保護法の対象になりますし、それをグローバルでやろうとするとGDPR(EU一般データ保護規則)なども関わってきます。あとは、最終的にアプリやデバイスを作りたいとなると、医師法や医療法、電気用品安全法、PL法、さらにはSaMD(ソフトウェア医療機器)関連の法規制なども気にしないといけません。

製薬企業はこれまでGxPを守っていれば基本的にOKでした。しかし、データやデジタルで何かやろうとすると、こうした種々の規制に気を配らなければ、そもそもビジネスとして成立させることはできません。規制を横断的に見て、「守らなければならない法規制はどれで、どうやってクリアすればビジネスを成立させることができるか」とか「法規制をクリアしたところでベネフィットはきちんと出せるのか」といった検討が不可欠となっています。


思わぬ落とし穴も


増井慶太(デロイト トーマツ コンサルティング・執行役員):実プロジェクトでも、こうした面で苦戦した経験があります。日本人患者さんのデータを海外企業がAIで解析し、結果を臨床現場にフィードバックする、ということをやろうとしたんですが、そのときに論点になったのが、国をまたいだデータの取り扱いをどう正当化するか。結論としては「可能」ということになりましたが、海外の規制に関するナレッジもないと判断できないので、検討に難航した記憶があります。



伊藤:グローバルにやろうとすると、そうした問題はどんどん出てきますよね。どこの国の法律や規制をどこからどこまで守ったらいいのか、というのは整理するのが結構難しい。



増井:こういう事例は、今後も結構出てくると思います。日本企業が海外のテック企業を買収することもあるでしょうし。



伊藤:法規制を包括的に見て動かないと、どこかに思わぬ落とし穴があってドンガラガッシャンしてしまいます。しかも、法規制だけ守っていればいいというわけでもなく、最終的には世の中が受け入れてくれるかどうかが重要。「データをそんなふうに使われたらやだよ」と世の中に言われてしまったら成立しないので。

そういうところまで含めて、どのラインを攻めたらベネフィットが出せて世の中にも認められるのかということは、ビジネスを考えるかなり初期の段階でしっかり検討しておく必要があります。法規制の観点から戦略を考えないと、利益が出せない、あるいは世の中にインパクトを残せない。そんな状況にあると認識しています。


ビジネスの成否を左右


前田:まさに「隠れた難題」ですね。コンプライアンスの問題でプロジェクトが頓挫してしまった経験はありますか。



増井:頓挫したことはありませんが、当初想定したものよりはるかにこぢんまりしたものになることは多々あります。最初に書いた線表の通りにはいかない。



伊藤:法務、セキュリティ、コンプライアンスといった個別の管轄部門に相談に行くと、基本的にはマイナスにならないようにという見方をされるので、かなりコンサバティブな線引きをされてしまいます。それが1つだけならいんですが、2つ3つと重なることで、当初は100を想定していたベネフィットが40まで減ってしまうということはよく起こります。

「リスクの総体はこうで、それに対する解決策にはこういうものがあるから、ベネフィットは80でキープしつつ、これくらいリスクをとってビジネスを成立させましょう」という議論がなかなかできない。縦割りになっていて、そうしたことを包括的に検討できる仕組みがないのが現状です。


求められる組織・カルチャーの変革


前田:縦割りを打破する組織の変革が必要ですね。



伊藤:基本的には、COE(センター・オブ・エクセレンス)組織のように全体を横串で見られる組織をつくるしかないと思っています。データやデジタルで何かビジネスをしようとするとき、必要なコンプライアンスの要件はどうで、それを踏まえた戦略スキームはこうで、そうなるとリスクとしてはこんなものがあって、利益の限界点はこのあたりになりますね、といった包括的な議論をして戦略的に意思決定ができる仕組みを作っていく必要があります。

もう1つ重要なのが、規制のハーモナイゼーションです。どこまでは自由に使ってよくて、それ以外はどういうコントロールが必要なのかということは、世界全体あるいは一国の異なる規制の間である程度、共通ルール化すべきでしょう。そうしないと、怖くてみんな使えないですし、リスクをとったプレイヤーが損をすることになる。その結果、データの取り扱いが怪しいということになると、世の中の信任も得られなくなって、この分野が伸びていかないというマイナスのスパイラルに陥ってしまう可能性があります。



前田:同時に、マインドやカルチャーの変革も求められそうです。従来はある意味、GxPに守られていた側面もありましたが、新しいことをやろうとすれば自らルールメイキングしていかなければなりません。


必要なのは「攻めのコンプライアンス」


伊藤:製薬企業はこれまで、GxPさえ守っていれば安心だったと思います。しかし、それだけでカバーされないビジネスモデルに飛び出せば、当然、これさえ守っていればいいというものはありません。しかも、それに対して誰かが責任を取ってくれるということもなく、自分たちで答えを見つけないといけないというのが今の状況かと思います。

必要なのは、攻めのコンプライアンスです。守ればいい、ということではなく、法規制を前提にどうすれば価値最大化を実現できるか。コンプライアンスを前向きに捉える必要があるんですが、そこがマインドとしては最も大きな壁かもしれません。



増井:DXにおいては、システムやソリューションを入れたからといって実現できるわけではなくて、人と組織、マインドとカルチャーを変えていかなければいけないと思っています。



伊藤:本当にその通りだと思います。クライアントの中には、攻めのコンプライアンスを実現するための組織づくりを、構想から立ち上げまで一緒にやらせていただいている企業もありますが、そこでコンセプトにしているのは「ベンチャー企業を立ち上げたつもりでやろう」。自分たち以外の会社全体をクライアントと考え、顧客に対してバリューを出し、価値を高めることで会社全体をあるべき方向に向かわせていくかということを大事にしてやっています。



前田:組織やカルチャーの変革、まさにDXの本質です。そういう意味でも、DXコンプライアンスはDXを進めるにあたって非常に重要なテーマだと言えますね。






増井 慶太(ますい・けいた)=写真左。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員/パートナー。米系戦略コンサルティングファーム、独系製薬企業(経営企画)を経て現職。「イノベーション」をキーワードに、事業ポートフォリオ/新規事業開発/研究開発/製造/M&A/営業/マーケティングなど、バリューチェーンを通貫して戦略立案から実行まで支援。東京大教養学部基礎科学科卒業。伊藤 嶺(いとう・れい)=写真右。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社マネジャー。シンクタンク、日系コンサルティング会社を経て現職。製薬企業のデジタル・データ利活用に関するコンプライアンスや各種オペレーションの構築・改善を得意とする。多国籍のステークホルダーで構成されるグローバルプロジェクトで実績多数。

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